2026年11月1日日曜日

「コンドルは飛んで行く」の再確認 堀込 孝一(ビエントス) 

  フォルクローレの代表的な曲と言えば「コンドルは飛んで行く」が筆頭であろう。

アマチュアグループのコンサートでも、「コンドルは飛んで行く」はかなりの確率で演奏される。

ケーナと言えば「コンドルは飛んで行く」。通販のケーナ教材も「コンドルが吹ける」と宣伝している。

サイモンとガーファンクルのコンドルは飛んで行く・EPジャケ。第1部のみの内容

さて、コンサートのMCでは、私も「ペルーのロブレスという作曲家によるオペレッタが元」という内容や「サイモンとガーファンクルによって世界的に有名となった」などと説明している。

https://youtu.be/enHUwJIE00c?list=RDenHUwJIE00c   (S&Gのコンドル。youtubu動画を参照してください)


「コンドルは飛んで行く」の最古のレコードへの録音が、1913年にリリースされており、YouTubeでも聞くことが出来る。SPレコードである。

https://youtu.be/JfVoK5QJU8U      (←youtubu動画を参照してください)


また、ロブレスのオペレッタの楽譜から、新たに記録した演奏(2013年)もリリースされており、これもYouTubeで聞くことが出来る。

https://youtu.be/eJYEqRSl1ug   (←youtubu動画を参照してください)


この2つを聴く限り、「サイモンとガーファンクルのコンドルは飛んで行く(1970年)」の大ヒットまでには、作曲家ミルチェベルグ率いるロス・インカスの「コンドルは飛んで行く(編曲・ミルチェベルグ)」の存在が不可欠であり、ロス・インカスこそが、現在につづく「コンドルは飛んで行く」やケーナ音楽のイメージの強いフォルクローレのモデルになっていると言えるのではないか。

https://youtu.be/dSwjrlvOeAY?list=RDdSwjrlvOeAY  (←youtubu動画を参照してください)

ロス・インカスの「コンドルは飛んで行く」の録音が1963年と言われる。


ロス・インカス、LP・CDも多いが、このLP「コンドルは飛んで行く」は入っていない

ミルチェベルグ率いるウルバンバ。ほぼ、ロス・インカス。1974年ポールサイモンと共に来日


サイモンとガーファンクルは、「ロス・インカスのコンドルは飛んで行く」をそのまま流用し、ロス・インカスの演奏に重ねた英語詩を付けて歌い、世界的なヒットとした。

「ロス・インカスのコンドルは飛んで行く」は、一曲のラテン音楽の名曲から、サイモンとガーファンクルのコンドルは飛んで行く」により世界的な名曲として日の目を見た。

それ以降は、「パントーハ」や「ウニャラモス」などのケーナ奏者の人気もあり、ケーナ音楽としてのフォルクローレは、国内外に幅広く浸透していく。また、日本では、ケーナ音楽を中心としたジャンルとして「フォルクローレ」が定着した。

当時、スターであった「サイモンとガーファンクル」とそのヒット曲「コンドルは飛んで行く」であるが、日本の子供には、1975年10月から始まった「アンデス少年ペペロの冒険」、1976年1月からの「母をたずねて三千里」等のアニメにより、南米アンデスへの郷愁や文化のイメージが低年齢層にも広がり、「コンドルは飛んで行く」も幅広い認知がされていくこととなった。

ペペロ少年が黄金のコンドルに導かれ、エルドラドへの冒険をする物語


ジェノバの少年マルコが、母に会うため南米を旅します

ところが、最近の若者には、「コンドルは飛んで行く」を知らない(印象が無い)者も多くなっていると聞く。

サイモンとガーファンクルの1970年に20歳だった若者も、今や76歳といえば後期高齢者である。1975年にアニメに夢中になった10歳の子供も還暦を迎えた。

ボリビア音楽(ボリビア・フォルクローレ)が日本のフォルクローレの延命には大きな貢献をしているのだろうが、CDというメディアも下火になってしまい新譜が届かない。

日本のフォルクローレ愛好者も高齢化が著しく、大学のフォルクローレサークルも減少しているとも聞く。

今後のフォルクローレは、どうなって行くのだろうか。

 

2026年10月1日木曜日

『福が来た!』桜井 小百合(ボーカル、パーカッション)

 

 先日、南米ボリビアで100年以上ぶりに新種の猫が発見されたという

ニュースがあった。現地では『ティルカヨ』と呼ばれているらしい。


 10年前にある男性が森でさ迷っている小さな子猫を保護し、家に連れ

帰り1年ほど飼っていたが…大きくならないしヒゲは長いし柄も変わって

るし、普通のいわゆる『イエネコ』とはしぐさや行動が違う!変だ!とい

うことで動物保護施設に引き渡したのだとか。


 そこから研究と調査が始まり、この猫が新種の猫であることが判明した。

ティルカヨ(新種)

 可愛い猫だと連れ帰った男性もさぞかし驚いたことであろう。ひょっとし

て猫好きだったのかも?


 うちの夫も大の猫好きというか猫バカで、ケガをして弱っている猫を見ると放っておけず連れ帰る。

 昨年9月の『月刊モンターニャス』に一昨年保護した三毛猫モカさんについて書いたが…それから二か月後。

 モカさんを保護して1年後のこと。


 外出先で夫から電話が。

『脚が折れている子猫を保護して、今、動物病院』て…。

 慌てて帰宅すると、病院から戻った旦那と右後ろ脚が酷く曲がったキジトラの子猫が居間で並んで座っていた。

 『手術すれば治るって!』と。

 手術…いくらかかるのか聞いたら私が欲しかった大型冷蔵庫が余裕で買える金額。

 さよなら、新しい冷蔵庫…(涙)。

「福」


 ということで我が家の一員となったオスのキジトラ猫は『福』と名付けた。

 先住猫のモカさんにとすっかり懐いて一緒に寝たり遊んだりしている。

 

 そして、私が歌おうがケーナ吹こうがボンボ叩こうが全然気にせず爆睡して

いる大物なのである。

 お腹を撫でてもらうのが大好きで、寝ていても側で人の気配がするとコロン

と仰向けになって撫でられるのを待っている。


 保護されたばかりの入院中も、獣医師や看護師が近くを通るとコロンと仰向

けになり『撫でて!』とやっていたそうで『野良猫にあるまじき行動だ!』と

言われていた。

 もしかして福は生まれながらにしての『イエネコ』なのかも?

 いや、福の性格は猫というよりは犬に近いのかも。


 『福!』と名前を呼ぶと犬みたいにすぐ来る。すかさず、もれなく福が来

る!!『福が来る』なんて、縁起が良さそうで我ながら良い名前を付けたな、

と思う。

「モカ」と「福」


 冷蔵庫諦めたのだから、その分いやそれ以上に我が家に『福』が来ること

を期待している。

 

2026年9月10日木曜日

「近況報告など」橋本 真樹(チャランゴ) 

 本年3月、37年間勤務した山梨県庁を退職し、千葉県千葉市の実家に転居いたしました。



 退職後は完全リタイアのつもりだったのですが、たまたま千葉市の地元区役所で短時間勤務の非常勤職員として雇ってもらえることになり、4月1日から勤務しております。

千葉県のマスコットキャラクター


 退職から間を置かずに再就職となったため、山梨の縁ある皆様に退県のご挨拶もできないままで、大変心苦しく思っております。

 この先、1月1回程度山梨を往復して挨拶まわりを予定しており、時間が合えば音楽練習にも参加させていただこうと考えていますので、よろしくお願いします。

千葉市の本庁舎(新しい!!)


 引越時の梱包ダンボールもまだまだ開ききれておらず、フォルクローレ楽器や小物類も含めた要処分品など多数発生すると見込まれます。

引っ越しお疲れ様でした


 不用品リユースにもご協力いただけると幸いです。

2026年8月1日土曜日

「高齢者とフォルクローレ」大塚 良夫(ビエントス)

  ちょっと前、練習するときの曲以外は、ほとんど聴いていないことに気がつきました。

フォルクローレの楽器(Wikipediaより)


 若かった頃は「アンデスの家:ボリビア」や「銀座:山野楽器」に曲を探しに行きました。


 今は「私のリャマの足跡(グルーポ・アイマラ)」、「バリージャ(チャランゴ:エディーナビア)」などをたまに聴くだけです。

  



 高齢者向けの本からの抜粋


 ・年を取るということは、経験知が上がるということです。ちょっとやそっとの刺激では、感動できなくなることです。


 ・年を取ると経験知が上がり、レベルの高いものを求めるようになる。強い刺激でしか心が動かなくなる、というわけです。


 このことで、ほっとした気持ちになったとしてもきびしいです。

 



 今は「ユリ」、「リャキルナ」、「サリリ」など好きな曲でがんばるしかないなと思っています。 

2026年7月1日水曜日

「あれから4年」今村 均(ギターラ、ボーカル) 

 あれから4年、またサッカーワールドカップが始まりました。



4年前は左足首骨折で、手術、入院とベッドの上で日本を応援してました。

まだコロナ禍の影響で、お見舞いも無く、ずっと1人でテレビ観戦でした。

初戦ドイツを破り、2戦目は残念ながら負けちゃいましたが、3戦目はスペインをも破り、1人病室で興奮していました。

ワールドカップ戦が有ったから、何とか入院生活を飽きずに過ごせたと思います。

今回の大会も初戦オランダと引き分けでしたが、2戦目はチュニジアを4対0で完封勝ち。

3戦目はスウェーデンと引き分けでした。

相撲界では恩返しと言う言葉が有ります。

稽古をつけて貰った相手に土俵の上の取り組みで勝つこと、スポーツは勝ち負けなので、どちらかが勝ち、どちらかが負ける、自分が強くなるために死に物狂いで強い先輩に稽古を付けて貰い、いつか、その恩返しで相手に勝つ。

2022年のワールドカップドイツ戦。

奇跡的に勝ちました。

1960年、ドイツからデッドマール・クラマーと言う人が日本のサッカーの為にやってきました。

日本サッカーの父、デッドマール・クラマー



1964年の東京オリンピック強化の為です。

当時の西ドイツは世界有数のサッカー強豪国です。

彼は日本に来てこの国のサッカーの現状に唖然とします。

サッカーに対する姿勢、練習方法など1から指導します。

1963年までサッカー日本の顧問を務め、東京オリンピックベスト8、1968年のメキシコオリンピック銅メダルの礎を築きました。

1960年から62年、2022年のワールドカップでドイツに勝ち、やっと恩返しが出来ました。



1991年、ブラジルから ジーコ(本名、アルトゥール・アントゥネス・コインブラ)が日本にやって来ました。
ジーコ(ブラジル)


彼はブラジルでサッカーの神様とまで言われている人でした。

まだJリーグが発足していない時期に鹿島に来て、自らのあらゆる知識、技術を伝えました。

鹿島アントラーズの前身、住友金属で一選手から日本のサッカーを全ての面で変えて行きました。

数多くのJリーガーを育て、今の日本代表に与えた影響は計り知れません。

次はブラジルに勝ってジーコに恩返しをする番です。



6月30日、ついにブラジルと戦いました。

残念ながら2対1で負けちゃいましたが、戦いを見ていてまだまだ力の差があると感じました。

いつの日かジーコにブラジルに恩返しが出来る事を願っています。

日本のサッカー協奏曲は終わりました。

後は好カード目白押しの戦いを楽しむだけです。

日本代表お疲れ様でした。 

2026年6月1日月曜日

「七十歳の脳トレ」小林 康博(ギターラ・パーカッション)

 七十歳になり、自分でも驚くほど夢中になっているものがあります。「ナンプレ」いわゆる数字のパズルです。あの小さなマス目に数字を一つ入れるたびに頭の中の霧が少し晴れていくようで、正解にたどり着いた時には小さな達成感が広がる。若い頃には「ただの暇つぶし」と思っていたが、今では立派な脳トレになっている。

この年齢になると、「物忘れ」という言葉が急に身近になる。人の名前が出てこなかったり、眼鏡をどこに置いたか忘れたりするたびに、少し不安になることもある。だからこそ、頭を使い続けることが大切だと感じている。ナンプレは、考える力だけでなく、集中力や粘り強さも鍛えてくれる。簡単には答えが見つからないからこそ面白い。途中で行き詰まりながらも、「もう少し考えてみよう」と粘る時間が、自分の脳をゆっくり刺激している気がする。


趣味で楽器の演奏をときどきしますが、指先を使い、耳で音を聞き、楽譜を追い、リズムを感じる、脳のいろいろな場所を同時に使うので、まさに総合的な脳トレなのだろう。

また、できる範囲で仕事を続けていることも、自分には大切だと思っている。人と会話をし、約束の時間を守り、少しでも社会の役に立っていると感じることで、生活に張り合いが生まれる。引退して何もしなくなると、気力まで衰えてしまいそうだ。もちろん無理は禁物だが、「まだ自分にできることがある」と思えることは、生きる力につながっている。


そして毎日の散歩や軽い運動も欠かせない。季節の風を感じながら歩いていると、体だけでなく心も整っていく。若い頃のようには走れなくても、自分の足で歩き続けることが大事なのだと思う。


年齢を重ねると、失うものばかりに目が向きがちである。しかし、七十歳になった今だからこそ、新しい楽しみ方や暮らし方も見えてきた。脳を使い、体を動かし、人と関わりながら毎日を過ごすこと。その積み重ねが、これからの人生を豊かにしてくれるのだと感じています。

2026年5月2日土曜日

「楽しい時間」今村 まち子(チャランゴ)

  先月からモンターニャスに復帰しました。

 4月末の練習には8人が集まり久しぶりに皆の個性を感じつつ、楽しい時間を過ごしました。

 特に大塚さんの、ケーナとサンポーニャ、鈴木さんのギターは年齢を感じさせない音で、胸にくるものがありました。

 こんなに長く続けられ、フォルクローレを共有出来る皆と出会えた事に感謝しています。 

 皆さんの音楽に向き合う姿勢と努力とパワーに、元気をいっぱいいただいています。


 2日前、鳥の囀りや川のせせらぎに癒されたく、北杜の娘の家の草取りに行って

きました。

 庭のすぐ下の大好きな小径には、21年前北杜市制の際、市からいただいた ゆ
ずの木やお茶の木があり、ゆっくりと行ったり、来たりすると心が穏やかになり、いつも幸せな気分になります。 




 自然豊かな北杜ですが、危険な植物も近くで目にする事もあります。

 初めてマムシグサ、外国ではコブラリリー~見た時には見るからに近寄りがたい

その容姿に、こんな植物が日本にあるんだと驚きましたが、今でもその気持にかわりなく、遠くから、眺めるだけにしています。

 いかにも毒性がある容姿です。 



 市川の我が家の庭に可愛い野菜の畑?を作りました。

 パセリ、ケール、スイスチャード等 毎朝チェックするのが日課となりました。

 夢中で草取りしたり、ファーマーの気分に浸るのも、まんざら悪くない70代です。