まだ、バブル初期の昭和50年代後半であった。
神保町の古書店も、今以上に古書店数は多かったし、中古レコード店も多かった。
何か、自分の好みの音楽が無いか、色々と物色し始めたころで、あちこちの中古レコード店をふらりと覗いて歩くには良い環境であった。
中古レコード店、神保町「TONY」の前を通りかかったとき、聴きなれない女性ボーカルが聴こえてきた。
語りかけるような温かい声。英語の歌。バックも、シンプルなアレンジで、つい引き込まれた。
店員が、新入荷の中古LPの束を平積みにして、整理しながら店頭で流しているのだ。
そのジャケットは水彩画のようなイラストでくすんだ緑のバックに黒い鳥の絵であった。
気になって、翌日「TONY」を訪れると店の入り口近くの新入荷のコーナーに、そのLPは収められており、容易に見つけることができた。
帯には「遅くきた歌姫」という触れ込みの記された「メレディス・ダンブロッシオ(Meredith D'ambrosio)」という歌手で、アルバムタイトルは、「リトル・ジャズ・バード」。
見本盤のシールが貼られており、1200円位だったか。即購入。
ジャンルは、「ジャズ・ボーカル」。
ジャズは、インストというイメージしか無かったので、ジャズにボーカルというジャンルがあることをここで初めて知った。
それからは、ジャズ・ボーカルのレコード・ガイド本を買い求め、ジャズ・ボーカルというジャンルに足を踏み入れることとなった。
しかし、ガイドブックに名盤とか、必聴盤とか解説されたLPも、ほぼ、廃盤。もう中古を捜すしかない。ここから中古レコード屋めぐりが始まる。
中古レコード店の地図や得意ジャンル、営業時間、定休日等が記された「レコード・マップ」も購入した。
出かける用事がある時などは、その近くの中古レコード店をピックアップして、立ち寄るのを楽しみにしていた。
「レコードは、見つけた時に買え。」何かの本でこんな言葉があったがそのとおりだと思う。中古はもちろん新譜でもだ。
一旦、買わずに棚に戻したLPが数時間後に買われてしまうこともよくあるし、反面、買ったLPと同じタイトルが、次の店で安価で売られていることもよくあった。
統計によると昭和61年(1986年)には、CDの売り上げがLPを追い抜く。だんだんLPレコードも発売されなくなり、自分もLPよりCDを聴く比率が高くなる。
LPで買ったタイトルも、気に入ったものはCDで買いなおすことも多々あった。
それでも、かつて高くて手が出せなかったLP、BOXセットなども、安価で出回ることもあり、少しずつではあるがLPは増えていった。
最近は、コロナ禍で多くの人の自由時間が増えたせいなのか、また、アナログ(LP)レコードが復権しているという。
アメリカでは、2021年にLPの売り上げが、CDの売り上げを上回ったという。
実際、最近、オークションサイトでのLPレコードも高くなっていると痛感する。
数年前の相場で千円もしなかった中古LPが、数千円で落札されるのもザラで、今更ながら、安いうちに買っておけばよかったなどと思っている始末。
しかし、昭和50年代後半から買い集めたLPが、ノスタルジーではなく、いまだに新鮮に楽しめるのだから、何とコスパの良い音楽ジャンルであろうか。