2017年12月1日金曜日

「自分の命は自分で守り健康に生きる」 岡田 清和(ビエントス)

 語り部ボランティアによる、3.11東日本大震災の話を聞く機会が10月にありました。
地震の規模は、マグニチュ-ド9.0ととてつもない大きさです。
犠牲者の多くは津波による水死、倒壊した家屋や家具の下敷きによる圧死だったそうです。

生死の明暗を分けたのは、直ぐに行動をおこし高台へ避難した人は助かり、ちゅうちょして10分後に避難を始めた人は、交通渋滞で津波にあい、家に残った人は家ごと津波に呑まれたそうです。
3.11の2日前3月9日に地震があり、2mの津波予測が実際には20cmだったことで、多くの人の避難行動に影響があったとも考えられるとの事です。
しかし、3.11の地震はいつもと違うことを、五感に感じたそうです。
語り部によると、某小学校では避難指示が悪く多くの犠牲者が出したが、地震の規模が違うと感じ、校舎の屋上になっていた避難場所を2km離れた山へ変更したことで、全員の命を守ることが出来た小学校の話も聞きました。
指導者の指示の的確さが、命に繋がっているという事です。
その他いろんな例を聞きましたが、「自分の命は自分で守る」ことが第一ですと強調して訴えていました。
自分が助かれば、家族や近所の人をも助けることが出来、次々と救助の手を差し伸べることが可能だとの事でした。
このことは、私の日常の生活を振り返る機会となりました。
水や保存食を三日分準備して置くことや、家族への連絡方法などきちんと出来ているだろうかと心配し話し合って見ました。
日頃の、健康管理にも充分気を付け、与えられた命を大切に元気に過ごしたいと感じた次第です。

2017年11月2日木曜日

「フォルクローレの素朴さ」 丸山高男(ビエントス)

先日、石和の北口広場オープニングイベントでの演奏をしてきました。
生憎天候は台風のため大荒れの土砂降りでしたが、雨の中たくさんの方が熱心に聞いてくださり感謝です。

モンターニャスでの定期演奏会も久しくご無沙汰していますが、やはり年に1度ぐらいは自主コンサートのようなものを開催したいですよね!私はなかなか練習に参加できずすみません。

フォルクローレといっても私たちの演奏している曲は、おおむねボリビア、ペルーの曲が多いのですが、
今の現地での曲の多くが、今風になりすぎて素朴さに欠けているような気がしています。
時代とともに音楽も変わるのでしょうが、ビクトルハラ、ユパンキ、メルセデスソーサ、など偉大な心揺さぶる彼らの歌声や、パントーハの素朴なケーナの響きをあらためて聞いてみると、なんと哀愁があり、素朴で美しく民族の歴史感から絞り出るような響きにいまさら感動してしまいました。
今の、ミュージシャンのテクニッはすばらしくうまいのですが、何か物足りなさを感じる今日この頃です。

私も笛を吹いて20年近くになりますが、一向に上達していません。
それでもフォルクローレの素朴は持ち続けたいと思います。

2017年10月1日日曜日

「運動会の想い出」 堀込 孝一(ビエントス)

近くの小学校で秋の運動会が開催されている。
ふと、音楽に乗せ、昔の運動会の記憶が蘇ってきた。
人生最初の運動会の記憶は、幼稚園での「宝ひろい」である。
翌年4月に入園予定の幼児が、幼稚園から招待された。
その幼児が、男女交互に並ばされ、一斉に「よーいドン」。
運動場の中央に並べてある「お宝」を拾って、スタート地点に戻れば「ゴールイン」という競技。
私は、2年間幼稚園に通うコースであったので、当時4歳だったハズである。
これから「たからひろい」だと、家族席から、私も呼び出された。
「宝」というからには「おもちゃ」か?などと期待が膨らむ。
「まっすぐ走って目の前の「お宝」を拾って、戻ってくるのよ」と先生から説明を受けながら、スタート。

結構、真剣に走ったので、一番先頭で「お宝」ゾーンへ。
自分の走った先には、男の子用に自由画帳とクレヨンと「青」の筆入れがビニール袋に入れられて置いてあった。
周りを見回すと、女の子用には、「赤」の筆入れが・・。
すべて、色以外は、まったく同じ物が、ビニール袋に入れられて置いてあった。
赤と青交互に・・・。
それを見た私は、「お宝」には目もくれず、方向転換し、「こんなもの要らない」と言いながら、エリアを外れ、家族席へ向かった。ゴールもせずに。
慌てた母親が、私の手をつかみ、一緒に「お宝」のもとへ走り、私に「お宝」を拾わせ、二人でゴール。
その後、幼稚園の先生が、家族席にあいさつに来た。私は、無言で、拾ったばかりの自由画帳にクレヨンで絵を描き始めた。照れくさかった事は覚えている。

2017年9月1日金曜日

「ユニット」 桜井 小百合 (ボーカル・パーカッション)

 久しぶりに実家に帰った時の事。
 母が
「お母さん、ユニットを組んだの!」
 と嬉しそうに言った。
 ユニット・・・といえばお風呂?いや、実家のお風呂はもうユニットバスになっているが
また新しくリフォームするのにローンを組んだという事なのか?
 と困惑している私に、更に母は満面のドヤ顔で言った。
 「音楽ユニットを結成したのよ!」
 今度は、困惑を通り越して頭が混乱してきた。
 母は、今年喜寿を迎えた。その母の口から発せられるには意外すぎる言葉であった。
 母は数年前から大正琴をならっていて、その教室の先生がキーボードとボーカル・同じ教室に通う男性がハーモニカ・母が大正琴とボーカル、という三人組の音楽ユニットなのだそう。メンバーは全員七十代後半~八十代前半だとか。
 老人福祉施設などを慰問して昭和の懐メロを演奏しているそうである。
 実家は昔から商店を営んでおり、母はずっと店と家事を切り盛りして忙しく働く生活を送っていた。一時期、ママさんコーラスをやっていた時もあったがすぐに辞めてしまった。
 どちらかと言えば父の方がシャンソンやクラシックをよく聴いたり歌ったりしていて音楽好きだったという記憶がある。
 母はといえば働いてばかりで特に趣味があるようには見えなかった。
 しかし、店を畳み、父が亡くなってから母は合唱団に入ったり、大正琴を習ったりと急に音楽を始めたので驚いた。
 家に一人で居てもボケそうだから、といまだに仕事をしていて、その合間に歌のイベントなどがあると積極的に参加し、発表会も堂々とこなしていて何だか昔より生き生きとして充実した生活をしていて羨ましいなぁ、と感じていた。元々は、母も音楽が好きだったのだ。
 そして、そこからの『音楽ユニット』である。
 楽しそうに施設に慰問に行った時の話をしている母を見ると、そのバイタリティとチャレンジ精神には全く感心してしまう。
 私が77歳になった時って、何をやっているのだろう。
 まだフォルクローレを続けていられているのかしら・・・と考えてしまった。
 お婆ちゃんになってもボンボを叩いて歌うなんて、カッコいいんじゃない?(^^♪
 続けていられるといいなぁ。

 ちなみに、その音楽ユニットのグループ名は?と聞いたら
 「ん~?昭和の歌を歌う会?違う。懐かしの歌を歌う会??わかんない!」
 そうである。
 とにかく音楽ユニットを組んでる、というだけで名前はどうでもいいらしい。
 そこら辺も何だかユルくて、面白そうなユニットである。

2017年8月5日土曜日

「8分の6拍子克服のために」 橋本 真樹 (チャランゴ・ギターラ)

フォルクローレという音楽ジャンルの特徴の1つとして、アンデス地方特有のリズムが挙げられますが、アマチュア演奏者の中にはこのリズムに苦手意識がある人も多いようです。

先月の月刊でも「出会い」のリズムが合わなくて・・という話題が出ましたが、日本人は全般的に8分の6拍子の楽曲が苦手であるようです。

初心者練習会(ソル・ナシエンテ)でも、8分の6拍子の楽曲を意識的に練習曲として採り上げているのですが、残念ながら人様にご披露できるレベルには至っていないというのが実態です。

リズムを掴むための練習法として、①楽器を持たずに模範演奏に合わせてメロディーを口ずさんでみたりボイスパーカッションの真似事をしてみる②模範演奏に合わせて手拍子を打ってみる(最初は頭の拍だけとして、徐々に手数を増やしていく)等の簡単な実践例を紹介し続けているのですが、なかなか熱心に取り組んでもらえていないようです。

しかしながら、これら楽器を持たない補助トレーニング的な取組みによらずして、リズム感が乏しい(と自覚している)人が弱点を克服するのは至難の業だと思いますので、これからも折に触れ実践していきたいと思います。

 本年の年初に掲げた初心者練習会の活動方針の中で、「これまでの練習曲の中で中途半端に終わっている曲などを掘り起こし、ある程度形になるように仕上げていきたい」と謳っていました。

代表的な8分の6拍子クエッカの楽曲が、まさに中途半端なままですので、今年後半はクエッカのリズムを基本から学び直し、8分の6拍子克服のきっかけとしたいと考えています。

(ついでながらイベント告知)
10月29日(日)、山梨市民会館で開催される山梨県主催イベント「やまなし県民文化祭・アコースティック音楽祭」に、今年も参加させていただけることになりました。

イベントは12時開演予定。ソル・ナシエンテの出演予定時間は、15時20分頃からの約20分となります。

2017年7月1日土曜日

「エンクエントロス(出会い)」 大塚良夫 (ビエントス)

ケーナで「エンクエントロス」を吹いて25年。
みんなとの演奏では、今もリズムに乗れていません。
弦楽器やボンボのリズムを意識するようにと助言をしてくれるのですが・・・。
先日、みんなと練習したときもリズムに乗れませんでした。
今村さんが、ボンボのリズムを意識して吹くといいよ、と。このときは緊張して音も出ませんでした。


「ポンチョの反乱(演奏:コンドルカンキ)」の前奏のところのケーナもきびしかったです。
小百合さんやりつみさんが指導してくれたのに吹けませんでした。小百合さんは、採譜した楽譜をくれたのに。
何回もくりかえして練習しても吹けないのでやめました。この選択はよかったと思っています。
リズム感のなさがいちばんの悩みです。


「ワラ・ワリータ」では、長男の嫁さんのピアノの助けがなかったら吹けなかったと思います。


「ユリ」について話します。
弦の伴奏ではじめて吹いたときのことです。
リズムに乗れなくて、途中で吹くのをやめてしまいました。
ケーナをあきらめ、サンポーニャの下パートを吹いてみました。
ケーナを吹くよりも緊張感がなく二重奏(ハモリ)もいいなと感じました。
上パートは堀込さんなので安心して吹くことができます。

下パートが吹ける曲
・コンドルは飛んで行く
・クティムイ(まだ、きちんと吹けない)
・素焼きのかめ
・コンドルカンキ
・ルンルンは北へ去った
・ポトシのソイ
・アミーゴ
・こだま
・リャキ・ルナ
・ソンコイマン
・ALWA
・二羽の小鳩

「エンクエントロス」が教えてくれたことを忘れずに練習を続けていきます。

マンドリンを弾くおばあさんのことを話しましたよね。選曲は指揮者が演奏する人たちのことを考えて決めるそうです。

2017年6月1日木曜日

「新たな出発」 今村 均 (ギター・ボーカル)

2020年に峡南地区の高校3高が統合されて、現在の市川高校跡地に新たに開校します。3高の歴史有る校名が無くなるのは淋しいですが、市川に生まれ育ち、市川高校を卒業した者として、また新たな出発は楽しみでもあります。高校周辺には町民体育館、町民会館が有りましたが、それらを取り壊し校舎も規模を大きくして建て直されます。体育館並びに町民会館は場所を変えて建設されます。そこで、私が代表理事をしている町造りNPOの「是空」としても新しい施設の参考にすべく、先進地視察として岩手県紫波町の施設、オガール紫波を訪ねて来ました。



東北本線、紫波中央駅前に10ヘクタールの広さで役場、バレー専用体育館、サッカー場、図書館、児童館、商業施設、宿泊施設を集中的に建設して、オープン4年で年間利用者150万人も来場する施設になりました。役場も民間資金を活用して建設し、管理会社から賃貸で借受ける、町に資金が無くても民間資金でやれる事はかなり有ると凄く参考になりました。文化芸術による町造りを目指す「是空」の活動には直接関係がない様に思われますが、住みよい町にしたいとの会員の思いは文化活動だけでは無く、未来の町造り推進の為に力を尽くすのも重要な事だと思います。盛岡では地域造りの活動をしている方々と交流を深め、改めて町造りは人造りの感を新たにしました。福島川俣町のコスキンエンハポンは音楽による町造りが成功している事例としてとても参考になります。市川高校周辺再開発を契機に新しい町造りに頑張ってまいります。