2026年7月1日水曜日

「あれから4年」今村 均(ギターラ、ボーカル) 

 あれから4年、またサッカーワールドカップが始まりました。



4年前は左足首骨折で、手術、入院とベッドの上で日本を応援してました。

まだコロナ禍の影響で、お見舞いも無く、ずっと1人でテレビ観戦でした。

初戦ドイツを破り、2戦目は残念ながら負けちゃいましたが、3戦目はスペインをも破り、1人病室で興奮していました。

ワールドカップ戦が有ったから、何とか入院生活を飽きずに過ごせたと思います。

今回の大会も初戦オランダと引き分けでしたが、2戦目はチュニジアを4対0で完封勝ち。

3戦目はスウェーデンと引き分けでした。

相撲界では恩返しと言う言葉が有ります。

稽古をつけて貰った相手に土俵の上の取り組みで勝つこと、スポーツは勝ち負けなので、どちらかが勝ち、どちらかが負ける、自分が強くなるために死に物狂いで強い先輩に稽古を付けて貰い、いつか、その恩返しで相手に勝つ。

2022年のワールドカップドイツ戦。

奇跡的に勝ちました。

1960年、ドイツからデッドマール・クラマーと言う人が日本のサッカーの為にやってきました。

日本サッカーの父、デッドマール・クラマー



1964年の東京オリンピック強化の為です。

当時の西ドイツは世界有数のサッカー強豪国です。

彼は日本に来てこの国のサッカーの現状に唖然とします。

サッカーに対する姿勢、練習方法など1から指導します。

1963年までサッカー日本の顧問を務め、東京オリンピックベスト8、1968年のメキシコオリンピック銅メダルの礎を築きました。

1960年から62年、2022年のワールドカップでドイツに勝ち、やっと恩返しが出来ました。



1991年、ブラジルから ジーコ(本名、アルトゥール・アントゥネス・コインブラ)が日本にやって来ました。
ジーコ(ブラジル)


彼はブラジルでサッカーの神様とまで言われている人でした。

まだJリーグが発足していない時期に鹿島に来て、自らのあらゆる知識、技術を伝えました。

鹿島アントラーズの前身、住友金属で一選手から日本のサッカーを全ての面で変えて行きました。

数多くのJリーガーを育て、今の日本代表に与えた影響は計り知れません。

次はブラジルに勝ってジーコに恩返しをする番です。



6月30日、ついにブラジルと戦いました。

残念ながら2対1で負けちゃいましたが、戦いを見ていてまだまだ力の差があると感じました。

いつの日かジーコにブラジルに恩返しが出来る事を願っています。

日本のサッカー協奏曲は終わりました。

後は好カード目白押しの戦いを楽しむだけです。

日本代表お疲れ様でした。