レコード棚を整理していたらサビア・アンディーナ(ボリビアのフォルクローレ・グループ)のレコードが14枚も出てきました。
よくこんなに集めたな。
その中でインストルメンタルの演奏の「褐色の肌」はよく聴きました。
52才、早川中学校に勤務していたときのことです。
授業の準備に時間がかかり、終わったときは薄暗くなっていました。
よし、誰もいないので講堂で「褐色の肌」を聴くか。
ボリュームを上げて聴きました。
2回目が終わったとき、「いい曲ですね」若い女の先生の声でした。
「忘れ物をしたので学校に来たんです。講堂から音が聞こえてきたので来ました。
いい曲ですね。しっかり聴かせてもらいました」
「聴いてくれて、ありがとう」
「どんなことを歌っているんですか」
「曲名は“褐色の肌”。歌っている女性は、スルマ・ユガール。ここで歌われている“褐色の肌”は、単に恋人のことではなく、ボリビアの大地そのもののことと考えられるのではないかと話してくれた人がいました。」
職員室では、私の隣が若い女の先生の机。すぐ近くにこの曲が好きだという人がいる。うれしいですね。
学校を出て、家に帰る車の中で、サビア・アンディーナの公演(1985年・諏訪市文化センター)に行ったことを思い出した。
そのときのプログラムを見る。“褐色の肌”がありました。
なんと、スルマ・ユガールがこの公演で歌っていたとは、びっくりです。
多分、当時は、ケーナの方に目がいっていたからだと思います。
“褐色の肌”のケーナパートを吹いています。音取りは石川先生に助けてもらいました。
リズム感のない私。桜井さんのボンボをよく聴いて練習はしていますが、まだまだです。
この「月刊グルーポ・モンターニャス」はメンバーによるリレー形式の記事を載せています。
メンバーの思い入れの1曲とか、おすすめCDとか、楽器についてのウンチクなど内容はさまざまです。
2018年7月1日日曜日
2018年6月1日金曜日
「温故知新」今村均 (ギター、ボーカル)
5月1日に滋賀県甲賀市信楽町の信楽陶芸の森、創作研修館の研修所に3か月の予定で入所する娘を送りがてら近江を訪ねました。
ご存知の通り700年の歴史がある信楽は綿々と続く陶芸の里です。町全体が土業者、釉薬を扱う店、製品を販売する店等で溢れています。
窯元も110軒以上有ります。陶芸の森は今から30年前の1988年に「ふるさと創生資金1億円」を元に作られた施設です。勿論1億円で出来る施設ではありません。研修館の他、陶芸館、屋外展示場の太陽の広場、信楽産業展示館等、広大な敷地に建てられています。
研修館では世界中から人財育成プログラム、アーティスト・イン・レジデンスに参加する芸術家が陶芸を学びに集まっています。娘もアメリカから参加しました。他には香港、フランス、韓国、ドイツ等各国から13名ほど参加しているようです。
3か月では短すぎて学びきれない。また来たいと娘も言っています。香港の女性は半年の予定で入所しています。
私の町、市川三郷町も千年を超える和紙の里でした。昭和初期には200軒を越す製紙場がありました。
埼玉小川和紙、岐阜美濃紙、島根石州半紙が世界文化遺産に登録されて和紙が見直されている中、我が町には一軒の手漉工房が残るだけになりました。勿論和紙資料館すら有りません。
手漉きの技術、文化伝承が廃れようとしています。残念でなりません。
市川もふるさと創生資金で「碑林公園」なる物を作りました。中国四川省に有る碑林の里を手本に作ると言う触れ込みでした。だが、私が訪れた書聖、王義之の館跡や山東省曲阜の孔子の里には碑林は有りますが、それだけが林立するような公園と言うものはありませんでした。ここも結果的には20億円を超える税金が投入されていますが、現在では閑古鳥が鳴くほど寂れてしまいました。
何故和紙の里構想を練り、有益な施設を作らなかったのか、当時の担当者には大きな責任が有ると思わずにはいられません。
近江の旅はまず彦根市の町屋を改装した小さな宿に泊まりました。彦根城の城下町、その旧市街地はまだ江戸時代の建物が建ち並び良い風情を醸し出しています。古き時代の建物を大切にして、現在に生かす。
素晴らしい地域作りだと思います。
甲府市の地名を以前の名前に戻す動きが有ると聞きました。江戸時代の甲府の道祖神祭りは全国でも有数な祭りだったと再発見されました。
文化を大切にして次代に引き継ぐ、甲州人がもっとも苦手にして来た資質だと思います。
新し物好きも時には進歩を促すから必要だと言うのは判ります。でもしかし伝統を大切に守らない世界に明日は無いと思います。
滋賀の旅はそれを感じさせてくれる旅でした。
ご存知の通り700年の歴史がある信楽は綿々と続く陶芸の里です。町全体が土業者、釉薬を扱う店、製品を販売する店等で溢れています。
窯元も110軒以上有ります。陶芸の森は今から30年前の1988年に「ふるさと創生資金1億円」を元に作られた施設です。勿論1億円で出来る施設ではありません。研修館の他、陶芸館、屋外展示場の太陽の広場、信楽産業展示館等、広大な敷地に建てられています。
研修館では世界中から人財育成プログラム、アーティスト・イン・レジデンスに参加する芸術家が陶芸を学びに集まっています。娘もアメリカから参加しました。他には香港、フランス、韓国、ドイツ等各国から13名ほど参加しているようです。
3か月では短すぎて学びきれない。また来たいと娘も言っています。香港の女性は半年の予定で入所しています。
私の町、市川三郷町も千年を超える和紙の里でした。昭和初期には200軒を越す製紙場がありました。
埼玉小川和紙、岐阜美濃紙、島根石州半紙が世界文化遺産に登録されて和紙が見直されている中、我が町には一軒の手漉工房が残るだけになりました。勿論和紙資料館すら有りません。
手漉きの技術、文化伝承が廃れようとしています。残念でなりません。
市川もふるさと創生資金で「碑林公園」なる物を作りました。中国四川省に有る碑林の里を手本に作ると言う触れ込みでした。だが、私が訪れた書聖、王義之の館跡や山東省曲阜の孔子の里には碑林は有りますが、それだけが林立するような公園と言うものはありませんでした。ここも結果的には20億円を超える税金が投入されていますが、現在では閑古鳥が鳴くほど寂れてしまいました。
何故和紙の里構想を練り、有益な施設を作らなかったのか、当時の担当者には大きな責任が有ると思わずにはいられません。
近江の旅はまず彦根市の町屋を改装した小さな宿に泊まりました。彦根城の城下町、その旧市街地はまだ江戸時代の建物が建ち並び良い風情を醸し出しています。古き時代の建物を大切にして、現在に生かす。
素晴らしい地域作りだと思います。
甲府市の地名を以前の名前に戻す動きが有ると聞きました。江戸時代の甲府の道祖神祭りは全国でも有数な祭りだったと再発見されました。
文化を大切にして次代に引き継ぐ、甲州人がもっとも苦手にして来た資質だと思います。
新し物好きも時には進歩を促すから必要だと言うのは判ります。でもしかし伝統を大切に守らない世界に明日は無いと思います。
滋賀の旅はそれを感じさせてくれる旅でした。
2018年5月1日火曜日
「好奇心」 小林康博 (ギターラ)
若いころから、いろいろな事に興味をもってきました。
ヒンドゥー教に由来する超越瞑想(トランセンデンタル・メディテーション)に
傾倒したこともある。これはビートルズやローリングストーンズのメンバーがインド音楽や瞑想をしていることを知り、興味を持ち、体験してみたわけですがあまり長続きはしませんでした。
二十歳のころは、NHK教育放送で「ギターを弾こう」という番組があり、庄村清志先生の
弾く番組テーマ曲を演奏してみたくて、しばらくギター教室に通ったりもした。
スポーツ系ではバトミントン教室、テニス教室、スポーツジムにも通ったりした。
英会話や太極拳にも挑戦した。
しかしこれらに興味が無くなったわけではありませんが
今ではやっていないものがほとんどです。
最近では日本画にハマり、芸大出身の先生に基本を教えてもらった。
これは今でも続けています。
もうひとつ忘れてはいけない趣味「フォルクローレ」
グルーポ・モンターニャスに加らせてもらい
さまざまな曲を練習・演奏させてもらった、それも無料で!
こんなにありがたいことはない、メンバーのみなさんには、とても感謝しています。
今は「アンデスなんです」というバンドに加わり、今までの経験や学んだことを
生かして活動しています。
還暦を過ぎ、第二(第一?)の人生は、こういった趣味を中心に
愉しく過ごしたいと期待していますが、どうなることやら。。
ヒンドゥー教に由来する超越瞑想(トランセンデンタル・メディテーション)に
傾倒したこともある。これはビートルズやローリングストーンズのメンバーがインド音楽や瞑想をしていることを知り、興味を持ち、体験してみたわけですがあまり長続きはしませんでした。
二十歳のころは、NHK教育放送で「ギターを弾こう」という番組があり、庄村清志先生の
弾く番組テーマ曲を演奏してみたくて、しばらくギター教室に通ったりもした。
スポーツ系ではバトミントン教室、テニス教室、スポーツジムにも通ったりした。
英会話や太極拳にも挑戦した。
しかしこれらに興味が無くなったわけではありませんが
今ではやっていないものがほとんどです。
最近では日本画にハマり、芸大出身の先生に基本を教えてもらった。
これは今でも続けています。
もうひとつ忘れてはいけない趣味「フォルクローレ」
グルーポ・モンターニャスに加らせてもらい
さまざまな曲を練習・演奏させてもらった、それも無料で!
こんなにありがたいことはない、メンバーのみなさんには、とても感謝しています。
今は「アンデスなんです」というバンドに加わり、今までの経験や学んだことを
生かして活動しています。
還暦を過ぎ、第二(第一?)の人生は、こういった趣味を中心に
愉しく過ごしたいと期待していますが、どうなることやら。。
2018年4月2日月曜日
「老化防止の親孝行」 今村まち子 (チャランゴ)
この一週間の気温の上がりで桜の開花が一気に進み、車で出掛けると、その素晴らしい光景が目に飛び込んでくる。
田富から市川に向かい笛吹川にかかる桃林橋から見る大塚地域の景色は圧巻だ。
昼食を娘と孫の三人でとった帰り、大塚から歌舞伎公園、市川の碑林公園をドライブした。
今年は桜と桃、スモモが一斉に咲き、三珠の湯の下の畑でスモモの受粉作業をする姿が見かけられた。
色のコントラスト、ピンクのトンネルを堪能し、今年も健康で、この素晴らしい季節を迎えられることを嬉しく思った。
しかし、毎年、みな平等に年をとる。
昨日はなぜか急須にインスタントコーヒーを入れてしまった。
同時にいくつもの事ができなくなってしまっている自分に気付く。
お湯も入れていないし、飲んでもいない!
まあ、いいか。なんて笑ってこのことは無いことにした。
この前は娘から聞いたことを、自分の知識として、また、それを娘に返してしまった。
“それ、この前、私が教えた事だよね”
これが初めての事ではないんだとか?
娘の返しは時には痛烈なパンチで、時々このパンチを夫はくらっているようだ。
田富から市川に向かい笛吹川にかかる桃林橋から見る大塚地域の景色は圧巻だ。
昼食を娘と孫の三人でとった帰り、大塚から歌舞伎公園、市川の碑林公園をドライブした。
今年は桜と桃、スモモが一斉に咲き、三珠の湯の下の畑でスモモの受粉作業をする姿が見かけられた。
色のコントラスト、ピンクのトンネルを堪能し、今年も健康で、この素晴らしい季節を迎えられることを嬉しく思った。
しかし、毎年、みな平等に年をとる。
昨日はなぜか急須にインスタントコーヒーを入れてしまった。
同時にいくつもの事ができなくなってしまっている自分に気付く。
お湯も入れていないし、飲んでもいない!
まあ、いいか。なんて笑ってこのことは無いことにした。
この前は娘から聞いたことを、自分の知識として、また、それを娘に返してしまった。
“それ、この前、私が教えた事だよね”
これが初めての事ではないんだとか?
娘の返しは時には痛烈なパンチで、時々このパンチを夫はくらっているようだ。
2018年3月7日水曜日
「たつの ミュージックワールドⅡに参加して」堀込孝一(ビエントス)
3月4日(日)に、グルーポ・モンターニャスで、長野県の辰野町で開催された「ひびけ!たつの ミュージック ワールドⅡ」というイベントに参加してきました。
長野でフォルクローレ・グループを主宰していた林さんと音楽監督の唐沢先生が旧知の仲だったことにより、長野県のメンバーがいるグルーポ・モンターニャスに演奏を依頼してくれたようです。唐沢先生も、かつてフォルクローレ・グループに所属していたそうです。
モンターニャスが、昨年の5月の松本美術館でコンサートをした際に、唐沢先生に聴きに来てくださり、出演を依頼していただき、恐縮しつつも、その時は「ずいぶん先の話」という印象でした。しかし、いざとなると月日の経つのが早いものです。
イベントは3部構成で、ファースト・ステージが、「オーケストラ名曲の鑑賞」。
セカンド・ステージが「地球の裏側からの贈り物」で、フォルクローレ、ニュー・ラテン音楽、ボサノバを。
サード・ステージが「オーケストラと歌おう」。
当然、モンターニャスはセカンド・ステージのフォルクローレでありますが、辰野東小学校の児童が、先にリコーダー等で「コンドルは飛んで行く」を演奏するというので、当初、義務的に演奏するつもりだったコンドルは避けることにしました。
そして「マリポーサ」、「出会い」、「イミリタイ」で、モレナーダ、カルナバル、ティンクとボリビアのお祭り系のリズムの曲を演奏することとした次第。
児童のコンドルが、すごく清らかで心洗われる演奏だったので、モンターニャスの奇声をあげたり、荒々しい笛の音などの演奏は、観客も驚いたのではないでしょうか。
衣裳も、ポンチョやチャレコのミックスとしたのでバラエティー感満載、他の大半の出演者が黒いスーツと白いシャツという様子だったので、ずいぶん違和感あったと思います。対極という感じでしょうか。
でも唐沢先生からは、モンターニャスの登場で、「パッと色が入ったように雰囲気が変わってよかった」と言っていただいたので、安心しました。
すばらしい主催者と出演者、スタッフ・・・すべてがハイレベル。辰野町や長野県の文化水準の高さに感心し、山梨もなんとかしないといけないと感じました。
最後に、観客と出演者で、オーケストラをバックに「ふるさと(作詩:高野辰之)」を合唱しましたが、実に気持ちが良いものです。良い一日に感謝。
P.S.帰りがけに、隣の伊那市に立ち寄り、せっかくなので、みんなでご当地グルメの「ローメン」をいただきました。
長野でフォルクローレ・グループを主宰していた林さんと音楽監督の唐沢先生が旧知の仲だったことにより、長野県のメンバーがいるグルーポ・モンターニャスに演奏を依頼してくれたようです。唐沢先生も、かつてフォルクローレ・グループに所属していたそうです。
モンターニャスが、昨年の5月の松本美術館でコンサートをした際に、唐沢先生に聴きに来てくださり、出演を依頼していただき、恐縮しつつも、その時は「ずいぶん先の話」という印象でした。しかし、いざとなると月日の経つのが早いものです。
イベントは3部構成で、ファースト・ステージが、「オーケストラ名曲の鑑賞」。
セカンド・ステージが「地球の裏側からの贈り物」で、フォルクローレ、ニュー・ラテン音楽、ボサノバを。
サード・ステージが「オーケストラと歌おう」。
当然、モンターニャスはセカンド・ステージのフォルクローレでありますが、辰野東小学校の児童が、先にリコーダー等で「コンドルは飛んで行く」を演奏するというので、当初、義務的に演奏するつもりだったコンドルは避けることにしました。
そして「マリポーサ」、「出会い」、「イミリタイ」で、モレナーダ、カルナバル、ティンクとボリビアのお祭り系のリズムの曲を演奏することとした次第。
児童のコンドルが、すごく清らかで心洗われる演奏だったので、モンターニャスの奇声をあげたり、荒々しい笛の音などの演奏は、観客も驚いたのではないでしょうか。
衣裳も、ポンチョやチャレコのミックスとしたのでバラエティー感満載、他の大半の出演者が黒いスーツと白いシャツという様子だったので、ずいぶん違和感あったと思います。対極という感じでしょうか。
でも唐沢先生からは、モンターニャスの登場で、「パッと色が入ったように雰囲気が変わってよかった」と言っていただいたので、安心しました。
すばらしい主催者と出演者、スタッフ・・・すべてがハイレベル。辰野町や長野県の文化水準の高さに感心し、山梨もなんとかしないといけないと感じました。
最後に、観客と出演者で、オーケストラをバックに「ふるさと(作詩:高野辰之)」を合唱しましたが、実に気持ちが良いものです。良い一日に感謝。
P.S.帰りがけに、隣の伊那市に立ち寄り、せっかくなので、みんなでご当地グルメの「ローメン」をいただきました。
2018年2月1日木曜日
「身辺整理」 鈴木賢二 (ギターラ)
70代半ばになって、同年代の知人が次々と消えていく。
人生いつしか終わる時がやってくる。
子供達に負担が切らないように、夫婦で墓じまいと、産地直送、直葬、火葬葬と決めている。

撮りためた音楽テープが段ボールいっぱい。
レコード、CD、資料、本
押入れには、描きためた愚作の絵が押入れにいっぱい。どうしよう?
寝込まないために、毎日5キロのインターバル歩行、ストレッチ、腹筋、腕立て伏せ、スクワットなどで、筋力には自信がある。
毎年無免許の妻と、2000キロの車中泊の旅もする。
ただ、体力は自信がない。
目に見えて落ちている。あーーーいやだ。
ということで、悔いのない日々にと
クラフト制作、スケッチ、フォルクローレなど楽しんでいる。
死人、廃人、間違えた。詩人、俳人にはなれなくても、ダジャレくらいならできる。
そんな私ですが、末永くお付き合いください。
人生いつしか終わる時がやってくる。
子供達に負担が切らないように、夫婦で墓じまいと、産地直送、直葬、火葬葬と決めている。

撮りためた音楽テープが段ボールいっぱい。
レコード、CD、資料、本
押入れには、描きためた愚作の絵が押入れにいっぱい。どうしよう?
寝込まないために、毎日5キロのインターバル歩行、ストレッチ、腹筋、腕立て伏せ、スクワットなどで、筋力には自信がある。
毎年無免許の妻と、2000キロの車中泊の旅もする。
ただ、体力は自信がない。
目に見えて落ちている。あーーーいやだ。
ということで、悔いのない日々にと
クラフト制作、スケッチ、フォルクローレなど楽しんでいる。
死人、廃人、間違えた。詩人、俳人にはなれなくても、ダジャレくらいならできる。
そんな私ですが、末永くお付き合いください。
2018年1月4日木曜日
「年越し魚」 木戸岡信次 (ビエントス)
あけましておめでとうございます。
昨年の南天の話に続いて年越しに食べる魚の話です。
松本では年取り魚としてブリ(鰤)を食べる習慣があります。
この風習は各地方で違うらしいです。
山梨県では年越し魚は何でしょうか。
自宅では 小さいころ 鰤の半身を買って来て、切り分けて食べた思い出があります。
庭に大きなまな板を置き、鰤を置き、鉈のような分厚い包丁で頭を落とし、骨を叩き切り,
長い包丁で切り身をきっていたのを見ていました。
鰤の切り身は、焼いて、年越しに食べ、正月の雑煮で食べ、あらは、大根、ジャガイモ、ニンジンと煮物に。
背の部分を刺身で。 これはとてもおいしく、もし地球最後の日に食べるとしたらこれかも。
鰤について ネットからの引用ですがおもしろいので。
>>
長野市の年取り魚は鮭なのに松本市ではブリ。富山湾から飛騨を抜け、信州に到る「鰤(ぶり)街道」の話を最初に聞いたときには、食の道の根強さに驚嘆しました。
また新潟では、蛇行する信濃川の右岸と左岸で、年取り魚が分かれという話も聞いたことがあります。その説によると、まさに「信濃川」そのものが境界線。同じ地域の中でも、川を隔てて斑模様になっているとしたら、これもすごいことです。
家計調査年報の平成16年~18年平均のデータを見てみました。
<ブリ>
金額のベスト5は富山、金沢、長崎、福井、松江
数量のベスト5は富山、金沢、松江、福井、山口
北陸3県が上位に勢ぞろい。6位以下の上位を見ると完全に西日本型。
トップの富山市は金額(円)で全国平均の3倍、数量(g)では3.5倍とぶっちぎりの多さ!
ちょっとだけ注目したのは金額・数量とも8位の津市。消費量上位都市の分布の中で、やや飛び地っぽい位置取り。「西」との繋がりを感じさせます。
逆に消費が少ない都市を、下から順に見ると、
金額:那覇、札幌、前橋、福島、甲府
数量:札幌、那覇、前橋、甲府、福島
那覇は魚介類全体でも47都道府県で一番少ない。あとは、東日本勢が並ぶ。
>>
甲府が鰤の消費量 金額も数量も少ないんですね。
甲府はマグロの消費が多いと聞いたことがあります。
の月刊モンターニャスでした。
昨年の南天の話に続いて年越しに食べる魚の話です。
松本では年取り魚としてブリ(鰤)を食べる習慣があります。
この風習は各地方で違うらしいです。
山梨県では年越し魚は何でしょうか。
自宅では 小さいころ 鰤の半身を買って来て、切り分けて食べた思い出があります。
庭に大きなまな板を置き、鰤を置き、鉈のような分厚い包丁で頭を落とし、骨を叩き切り,
長い包丁で切り身をきっていたのを見ていました。
鰤の切り身は、焼いて、年越しに食べ、正月の雑煮で食べ、あらは、大根、ジャガイモ、ニンジンと煮物に。
背の部分を刺身で。 これはとてもおいしく、もし地球最後の日に食べるとしたらこれかも。
鰤について ネットからの引用ですがおもしろいので。
>>
長野市の年取り魚は鮭なのに松本市ではブリ。富山湾から飛騨を抜け、信州に到る「鰤(ぶり)街道」の話を最初に聞いたときには、食の道の根強さに驚嘆しました。
また新潟では、蛇行する信濃川の右岸と左岸で、年取り魚が分かれという話も聞いたことがあります。その説によると、まさに「信濃川」そのものが境界線。同じ地域の中でも、川を隔てて斑模様になっているとしたら、これもすごいことです。
家計調査年報の平成16年~18年平均のデータを見てみました。
<ブリ>
金額のベスト5は富山、金沢、長崎、福井、松江
数量のベスト5は富山、金沢、松江、福井、山口
北陸3県が上位に勢ぞろい。6位以下の上位を見ると完全に西日本型。
トップの富山市は金額(円)で全国平均の3倍、数量(g)では3.5倍とぶっちぎりの多さ!
ちょっとだけ注目したのは金額・数量とも8位の津市。消費量上位都市の分布の中で、やや飛び地っぽい位置取り。「西」との繋がりを感じさせます。
逆に消費が少ない都市を、下から順に見ると、
金額:那覇、札幌、前橋、福島、甲府
数量:札幌、那覇、前橋、甲府、福島
那覇は魚介類全体でも47都道府県で一番少ない。あとは、東日本勢が並ぶ。
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甲府が鰤の消費量 金額も数量も少ないんですね。
甲府はマグロの消費が多いと聞いたことがあります。
の月刊モンターニャスでした。
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